東京高等裁判所 平成8年(う)257号 判決 1996年6月07日
主文
本件控訴を棄却する。
当審における未決勾留日数中一〇〇日を原判決の本刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は、被告人本人(弁護人は量刑不当のみの主張である旨釈明した。)及び弁護人鍵尾丞治が提出した各控訴趣意書記載のとおりであるから、これらを引用する。
そこで、所論にかんがみ、記録を調査し、検討する。
一 弁護人の控訴趣意中事実誤認の論旨について
論旨は、原判決は、被告人が本件各犯行当時本件犯行以外の適切な行為を取り得る可能性がなかったとは認められないと判示しているが、被告人の本件各所為は、いずれもAやB子の脅迫による恐怖心から行ったもので、期待可能性を欠くから、原判決は、事実を誤認しているというのである。
原判決挙示の関係各証拠によれば、原判決の事実認定は正当であるが、所論にかんがみ更に補足する。
関係各証拠によれば、以下の事実が認められる。すなわち、(1)被告人は、昭和六三年頃から、群馬県利根郡片品村において、犬の繁殖販売業を営んでいたものであるが、平成四年秋頃、埼玉県熊谷市《番地略》において犬舎(以下「甲野犬舎」という。)を設け、「乙山ケンネル」の屋号で犬猫等の繁殖販売業を営んでいたA及びその妻のB子と知り合い、犬等を取引したり、運転免許のないAに代わって車の運転をしたり、Aが被告人方に泊ったり、Aの会社の役員になるなど親しく交際していた。(2)平成五年四月二〇日も、Aの依頼により、同人を普通乗用自動車(三菱ミラージュ)に乗せ、原判示の丙川車庫(以下「車庫」ともいう。)に赴いた。しばらくして、Cが普通乗用自動車(アウディ)を運転して来て、Aと雑談を始めた。被告人は、Aからミラージュへの給油や買物を頼まれて出かけたが、この間にAはCを殺害した。被告人が四〇分位して車庫に戻って来ると、AからCの死体を見せられた上、死体の運搬を手伝うように言われ、これを承諾して、ミラージュの後部トランクに死体を入れ、被告人が運転してAと共に片品村の被告人方に向かった。車内で、Aから、死体の処理を手伝い、B子とアウディの処分をするように求められ、これも承諾した。被告人は、Aが被告人方で死体を解体している間に、ミラージュで車庫に赴き、アウディに乗り換え、途中で普通乗用自動車(マツダクレフ)を運転して来たB子と落ち合い、原判示の八重洲東駐車場にアウディを放置し、B子と共にクレフで車庫に行き、その後一人でミラージュを運転して被告人方に戻り、Aと共に、ドラム缶で作ってあった焼却炉で死体の骨等を焼燬し、さらに、沢や山林に死体の一部を投棄した。(3)被告人は、同年七月二一日頃、Aの依頼により、AとB子を普通貨物自動車(カリーナバン)に乗せて、原判示のD方に赴き、AとB子がD方に入り、被告人が車内で待機していたところ、その間にAらがD及びEに毒物を飲ませた。EがD方から飛び出して来て、A、B子、Eを乗せて走行中、Eが苦しみ出して死亡した。被告人は、AからD方に戻るよう指示され、戻る途中の車内でEの死体処理に協力するよう告げられ、これを承諾した。被告人は、D方でDも死亡しているのを知ったが、その死体もカリーナバンの後部荷台に乗せ、被告人が運転してA、B子と共に甲野犬舎まで行き、そこで、B子と運転を交代し、クレフを運転してB子を先導する形で被告人方に向かった。被告人は、沼田インターから下りようとしたが、制服警察官が検問しているのに気付き、捕まることを恐れ、ユーターンして次の月夜野インターを経て、被告人方に戻った。被告人方でAとB子がDとEの死体を解体し、被告人は、Aと共に、ドラム缶の焼却炉で死体の骨等を焼燬し、さらに、川に死体の一部を投棄した。(4)被告人は、同年八月二六日頃、Aの依頼により、普通乗用自動車(ベンツ)を運転して、丙川車庫前に行って待機していたところ、Aが普通乗用自動車(ライトエースワゴン)を運転して来て、同車に積んで来たF子の死体を被告人に見せ、死体処理に協力するよう求めたので、これを承諾した。被告人は、Aを乗せて、ライトエースワゴンを運転し、被告人方に戻った。Aが死体を解体し、被告人は、Aと共に、ドラム缶の焼却炉で死体の骨等を焼燬し、さらに、川に死体の一部を投棄した。
1 Cの死体損壊・遺棄について
被告人は、捜査段階において、AからCの死体を見せられ、体が震えてきて頭の中がまっ白になった際、「お前も、これと同じようになりたいか。お前、この死体を片付けるのを手伝え。そうすれば、一生面倒をみてやる。そうしなければ、お前だけじゃなく、東京にいる女房子供も同じようになる。俺は一人じゃねえ。仲間が一〇人は日本にいるから必ずやる。」と脅され、それまでAからヤクザの親分を殺して一五年も懲役にいったことがあると言われており、Aがヤクザ者とも付き合いがあり、入れ墨を入れ、手の指が一部欠損していることも知っていたし、何よりもつい先程まで生きていたCが目の前で死んでいたので、Aに逆らえば、本当に被告人のみならず、妻子も殺されると思い、怖くなり、已むなく手伝った旨供述し、原審公判においても同旨の供述をしている。他方、Aの検察官に対する供述調書中被告人とAとのやり取りや被告人の言動に関する記載があると思われる部分の殆ど全部は、弁護人が不同意の意見を述べたため、証拠となっておらず、その同意部分には、Cの事件では、被告人に対し、三億円以上の小切手を見せて「期限が来たら一〇〇〇万円やる。」と話した旨の記載がある。また、被告人の供述中、Cやその関係者との接触に関する部分は、関係証拠に照らし、必ずしも真相を述べているか疑わしい。このような証拠関係からすると、被告人の供述するとおりの事実が存在したかは、確定し難い。しかしながら、仮に被告人の供述するとおりであったとしても、口で脅される以上の強制は受けていない上、被告人の供述によれば、給油から戻って来て車庫の外に止めていたミラージュをAの誘導によりバックで運転して死体の近くまで車庫内に入れた後、後部トランクに死体を入れたというのであるから、被告人は、ミラージュの運転席に乗り込んだ際、Aと離れた場所にいたこととなり、そのまま車を発進させ、警察署に駆込むなどの方法を十分取り得たと考えられる。また、被告人は、被告人方に死体を運んだ後車庫に赴く間及びアウディを放置後車庫から被告人方に戻る間は、いずれも一人でミラージュを運転していたのであるから、警察署に駆込むなどの方法を取り得たことは同様である。このように、被告人は、Aから常に監視されていたわけでもなく、自由に行動できたのであるから、被告人には本件行為以外の適法な行為を取る可能性は十分にあったものということができる。
2 D及びEの死体損壊・遺棄について
被告人は、捜査段階において、Aから呼出を受け、甲野犬舎に向かう途中、女友達のG子に電話をかけ、「俺が一週間連絡しなければ乙山(Aの意)に殺されたと警察に連絡してくれ。」と伝えた。Aから、D方に戻る車内や甲野犬舎に戻る車内で「お前は共犯者だ、死体処理を手伝え、手伝わなかったら、カメラマンの女(G子の意)だって生かしはしねえ。」などと脅されたので、手伝わなければ殺されると思って、本件に及んだ旨供述し、原審公判においても、同旨の供述をしている。他方、Aの検察官に対する供述調書中被告人とAとのやり取りや被告人の言動に関する記載があると思われる部分の殆ど全部は、弁護人が不同意の意見を述べたため、証拠となっておらず、G子の検察官に対する供述調書は、必ずしも被告人の供述を裏付けるものではなく、被告人の供述するとおりの事実が存在したかは、確定し難い。しかしながら、仮に被告人の供述するとおりであったとしても、被告人は、既に原判示第一の犯行に関与したのであるから、Aの呼出に応じても、警察に監視を依頼する等の方途を十分取り得たものと考えられる。また、被告人の供述によれば、被告人は、甲野犬舎から被告人方に向かう途中、Aらとは別の車を運転しており、現に警察官が検問しているのに遭遇したのであるから、警察に届ける機会が目の前にあったことになるのに、逮捕を免れるため、その場から逃げ出している。このように、被告人には本件行為以外の適法な行為を取る可能性は十分にあったものということができる。
3 F子の死体損壊・遺棄について
被告人は、捜査段階において、Aの呼出を受け車庫に向かう途中、G子に「これから乙山に行くけど、もし俺から電話がなかったら、警察に連絡してくれ。」と伝えた、Aから殺されそうになったら、五月に購入したスタンガンや目潰し用のスプレーで身を守り、警察に駆込んで全てを話そうと思っていた、当日もAと会う際には、スプレーをズボンの右ポケットに入れていた、Aから被告人方に向かう車内で「お前は共犯者なんだ。」「俺に逆らう奴は皆こうなるんだ。子供は元気か。元気が何より。」などと脅され、手伝わなければ、殺されると思って、本件に及んだと供述し、原審公判においても、同旨の供述をしている。他方、Aの供述調書は、検察官が取調べ請求をしていないため証拠となっておらず、G子の検察官に対する供述調書は、必ずしも被告人の供述を裏付けるものではなく、被告人の供述するとおりの事実が存在したかは、確定し難い。しかしながら、仮に被告人の供述するとおりであったとしても、被告人は、既に原判示第一及び第二の各犯行に関与したのであるから、Aの呼出に応じても、警察に監視を依頼する等の方途を十分取り得たものと考えられる。また、被告人の供述によれば、被告人の当時の意識においても、警察に届け出ることは考えていたことになる。このように、被告人には本件行為以外の適法な行為を取る可能性は十分にあったものということができる。
その他所論に即し逐一検討しても、原判決に所論のいうような事実誤認は認められない。論旨は理由がない。
二 弁護人の控訴趣意中理由不備ないし訴訟手続の法令違反の論旨について
論旨は、原判決は、弁護人の本件各所為は、期待可能性がないから無罪であるとの主張に対し、原判示第一ないし第三の事実を全体として観察した判断をしているが、右各事実は、それぞれ独立した犯罪であるから、期待可能性の有無は各事実毎に独立して検討されるべきであり、原判決には判断遺脱の理由不備あるいは訴訟手続の法令違反があるというのである。
そこで検討するに、原判は「法令適用」の項のなお書において、原判示第一ないし第三の各事実についていずれも期待可能性がなかったとは認められない旨の判断を示しており、刑訴法三三五条二項の主張に対する判断として十分である。個々の事実毎に独立して検討する必要があることは、所論のいうとおりであるが、検討結果を示すに当たってはこれを纏めて判示しても違法とはいえない。論旨は理由がない。
三 被告人本人の控訴趣意並びに弁護人の控訴趣意中量刑不当の論旨について
論旨は、いずれも、要するに、量刑不当の主張である。
本件は、被告人がAらと共謀の上、Aらによって殺害された合計四名の男女の死体を損壊・遺棄したという事案である。被告人らは、約四箇月の間に前後三回にわたり各犯行に及んでおり、その態様も、各死体を車で山深い被告人方に運搬し、包丁等を用いて解体し、骨等をドラム缶の焼却炉で焼燬し、その灰や細かく切り刻んだ内臓等を山や川に投棄するなど、死体をほぼ形跡のないまでに損壊し、消し去ったという過去にも殆ど例をみないおぞましいもので、死者に対する畏敬の念を全く欠く凄惨かつ非道な犯行というほかない。被告人は、Aらが殺人の犯跡を隠蔽するため、本件各行為に及んだ際、Aから脅迫的言辞があったにせよ結局は自らの意思により関与したもので、動機に同情すべき事情があるとまでは認められない。被告人は、死体の損壊場所として被告人方を提供し、死体を運搬し、死体の解体に当たっては刃物やまな板を提供し、死体の焼燬、投棄行為に関与するなど、本件各犯行において、重要な役割を果たしている。また、原判示第一の犯行後、Cの家族らの追及に対し、Aらと口裏を合わせてCの失跡に無関係であると装うなどの行為に出ている。更に、本件各犯行の結果、被害者らは、一年以上生死不明の状態に置かれ、本件発覚後も遺骨すら殆ど回収できない状況にあって、遺族の心痛は計り知れないものがあり、処罰感情も厳しく、被告人の刑責は重い。
そうすると、被告人を懲役三年に処した原判決の量刑は、本件各犯行の主導者がAであること、被告人が本件各犯行を自白した結果、共犯者らの殺害行為を含む本件一連の犯行の全容が解明されるに至ったこと、被告人の帰りを待つ家族がいること、被告人が反省、悔悟していることなど所論指摘の被告人に有利な情状を十分考慮した上のものと認められ、重過ぎて不当であるとはいえない。論旨は理由がない。
よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、平成七年法律第九一号による改正前の刑法二一条を適用して、当審における未決勾留日数中一〇〇日を原判決の本刑に算入することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 佐藤文哉 裁判官 金山 薫 裁判官 永井敏雄)